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第25回 芳賀 孝子(本学会会員・いきかたアート代表・上智大学非常勤講師)

『地蔵画とグリーフケア』 ~学びの場から広がるつながり~

 私は、上智大学グリーフケア研究所大阪校の4期生で、現在は毎年秋学期に開催される「スピリチュアルケアと芸術」という講義で、「地蔵画とグリーフケア」について2コマの授業をしている。修了生としての自身の学びも踏まえて、受講生に近い目線ゆえに伝えられることがあるのではという思いで今に至っている。
 私の講義は、主に、私自身の地蔵画を介したグリーフケアの体験談である。私は、20余年前、通りかかったギャラリーのお地蔵様の絵に惹かれ、傍にいた今は亡き母の「自分で描いてみたら?」という言葉に導かれるように地蔵画を学び始めた。そのときは、地蔵画がまさかその後の私の悲しみに寄り添ってくれる存在になるとは思いもしなかった・・・

 それから5年、両親が立て続けに病に伏せた。いつか来ると覚悟はしてきたが、現実となると受け止めきれない不安と悲しみの日々。そんな中で、今の私にできることはなにかと自問を繰り返し、両親への感謝の思い、一日でも長く生きていて欲しいという祈りの思いを込めて、お地蔵様を描こうと思い至った。それは、慈悲深いお地蔵様を描くことで、奇跡が起こるかもと、抗うことなどできない命の長さとの取引をしようとしていたのかも知れない。

 元々絵の心得などなかった私のお地蔵様の描き方は、まず、キャンバスにそのときの気持ちを表す色を入れて、色の滲みの中からお地蔵様のお顔が現れてくるのを待ち、そして、現れてきたお顔を描き出していくというものだ。両親への思いを込めたお地蔵様の背景色は、父は紫、母は臙脂(えんじ)。同じ構図で描いた作品であったが、現れたお顔は、なんとはなく父と母、それぞれの雰囲気に似ているように思えた。これらの作品を、両親の命あるうちに、できれば観て欲しい。そんな思いで、個展開催を決行した。そして迎えた開催前日、父は危篤状態となった。作品の1枚を持って病院へ駆けつけた私が、父の枕元にその絵を掲げると、閉じていた父の眼が見開き、「うぉー」という声が発せられた。一瞬のことであったが、その光景と声は今も忘れられない。そこから半年、父の命はつながった。母には、個展に来てもらうことができた。これらの地蔵画は、それぞれの見送りの祭壇に、この世とあの世をつないでくれるようにと願いを込めて、飾らせていただいた。

 その後も、両親の三回忌、七回忌等の法要の機に、両親と縁のある方々、研究所の仲間を招いて個展を開催してきた。各回の作品を見比べると、お地蔵様の表情やそこに使われる色の変化に気づかされる。その時々に馳せる思いによって、雰囲気や色の風合いも変わるようだ。また、作品を気に入って下さった方にはお譲りしてきたが、回を重ねるうちに、その様子も変わってきた。始めは、お地蔵様がかわいいからと言うものであったのだが、最近は、守り本尊にしたい、大切な人の仏壇に飾りたいと言われる。それは、私の大切な人を思う気持ちが独りよがりなものではなく、それを観て下さる方にも受けとめてもらえているということなのかも知れない。そして、作品を前にして、思い出を語り合える空間は、私にとって尊く、悲しみを昇華してくれてきた。今の私にとって、お地蔵様を描く時間は、祈りの時間であり、内にある仏性を感じる時間となり、私自身のグリーフケアからスピリチュアルケアへとつながってきているように思う。このように、受講者と等身大の私が、地蔵画という芸術によるケアの在り方を体験談として語ることで、より親近感と共感をもって聴いてもらえているのではないだろうか。

 「スピリチュアルケアと芸術」の講義の後半では、各自が好き、あるいは得手とする芸術について語り合い、今後のケア活動の中で、活かしていくことができそうな具体的な芸術の形を考えてもらうグループワークを行っている。体験談に加えて、このようなワークをしようと思った背景は、私自身の研究所での学びの過程で、「ケアをしていく上で、自分の強みと言えるものをひとつ持ちなさい」と説かれたことにある。このワークを通じて、私同様に、その強みが芸術に関連する可能性もあることに気づいてもらえる機会になればと思っている。また、今まで気づかずにいた多彩な才能を持つ仲間の存在を知ることで、今後のケア活動でのつながりや新たな可能性を広げることになればとも思っている。ワーク後の質疑応答が活発であることも、私が修了生であることで、より身近に感じてもらえているからゆえのように思う。

 最後に、この講義の機会は、私自身が歩んできたグリーフケアの道のりを振り返り、自分の言葉で整理をしていく機会ともなった。そして、そこでの気づきを、受講生である新しい仲間に伝えることで、彼らだけではなく、私自身のこれからのケア活動での可能性を広げていくことにつながれば嬉しい限りである。

感謝。