コラム・読み物・声
第6回 庭野 元孝(本学会会員・学術委員会委員)
神奈川県横浜市港北区にある菊名記念病院で、総合診療科に勤務する庭野元孝と申します。
日本スピリチュアルケア学会(JSSC)の所属学会員は、おおまかに①大学の研究者、②スピリチュアルケア師、③臨床宗教師、④スピリチュアルケアに関心のある医療者・介護福祉関係者・教育者に分類されますが、わたしは④に属する一臨床医です。
超高齢社会(総人口に占める65歳以上の割合が21%を超えた社会、日本は2007年に突入)が急速に拡大中で、2020年9月21日(敬老の日)の時点で、65歳以上は3617万人、総人口比の28.7%と過去最高になり、人類歴史上、未曾有の超高齢社会を迎えています。
欧米では、キリスト教に基づいた自律尊重、個人の尊厳性を重視する個人主義が根付いていますが、日本では、「死=無」という死生観に基づき、延命治療に重きが置かれ、老衰の高齢患者に対しても延命治療が漫然と施されているのが実状です。
コロナ禍で、「生命の選別」という言葉が、人々の口の端に上るようになりました。
フレイル(脆弱性)を有する老衰した高齢患者に過剰な医療行為を行う。
例えば、自分が患者なら絶対に希望しないであろう胃ろう造設、人工呼吸器管理などの延命処置を親の終末期には医療者に要求して、老衰の高齢患者をさらに苦しめる結果を惹起し、患者に益よりも害を及ぼす。
高齢患者の終末期医療の現場では、このような事例をよく見かけるようになりましたが、老衰の高齢患者に対する過剰な延命治療の弊害について、医療者サイドから情報発信を怠っていたわけで、医療者の怠慢とも考えられます。
わたしのライフワークは、緩和ケアですが、2012年9月から日本の超高齢社会の先進地域の首都圏、神奈川県横浜市港北区の急性期病院で勤務を開始。
緩和ケアの対象患者は、がん患者から高齢患者にシフトして、今の仕事は高齢患者の終末期医療とお看取りを主にした「エンド・オブ・ライフケア」に移行し、この9年足らずで400人以上の患者を看取りました。
そして、「食べられなくなったら、人間、おしまいか!?」という素朴な疑問にぶち当たり、病院NST(栄養サポートチーム)のチェアマンとして、高齢患者のフレイル(脆弱性)を嚥下機能障害、栄養面の2方向から探求して、疑問解決に尽力しております。
私事で恐縮ですが、2019年12月に還暦を迎えたわたしは、ライフシフトして、残りの人生を世のため、のちのため、医療の中の緩和ケアの一分野である「スピリチュアルケア」の啓蒙と普及に努めることを使命に据えています。
老いと死をどう捉えていくのか。
老衰とその延長上にある「死」に対しては、現代医学でも明確な答えが出ておらず、高齢患者の急性期医療に携わる現場の一臨床医の立場から、延命治療の是非と適否について、皆さまと共に考えていきたいと思います。
そこで、「決意表明」として、清水の舞台から飛び降りる覚悟で、2021年3月10日に幻冬舎から「食べられなくなったら、人間、おしまいか!?」という本を上梓しました。
高齢患者が口から物を食べられなくなると、代替栄養法(経静脈あるいは経腸栄養投与法)が必要になりますが、ここで治療方針の選択肢の決定にACP(Advance Care Planning、愛称「人生会議」)の考えが登場します。
患者の生命に直接関わる重要な選択なので、家族にとっては究極の選択になる場合も多く、家族一人一人の人間力=価値観・人生観・死生観が試されますが、これと真正面に取り組むためのスピリチュアルケアこそが、「死への準備教育」、グリーフケア(遺族の悲嘆のケア)と言えます。
「死への準備教育=Death Education」の偉大な先駆者といえば、上智大学名誉教授・カトリック教会イエズス会神父のアルフォンス・デーケン師(1932年~2020年9月6日逝去)と、聖路加国際病院名誉院長_JSSC初代理事長の日野原重明先生(1911年~2017年7月18日逝去)のおふたりですが、この二大賢者は表舞台から姿を消してしまわれました。
しかし、二人の遺志を継ぐ次世代の指導者が、スピリチュアルケア師、臨床宗教師の中から続々と輩出中であることは、のちの社会への大いなる希望であります。
超高齢社会、多死社会を迎えて、「食べられなくなったら、人間、おしまいか!?」という疑問は、高齢者の栄養療法に無関心な医療者、医療とは無縁な方々には、なかなか理解が及ばない分野ですが、「死への準備教育」を学ぶに当たり、まずは自分自身の人生観、死生観の確立が必須なので、拙著がその一助になればと願う次第です。
JSSC学会員の一臨床医として、高齢患者の終末期医療現場の現状を医療者目線から情報提供して、超高齢社会における高齢患者とその家族のスピリチュアルケアについて、皆さまと共に考えていくことができれば幸いと存じます。