コラム・読み物・声
第10回 山添 正(本学会代議員・日本スピリチュアルケアワーカー協会会長)
日本スピリチュアルケアワーカー協会の設立と課題
日本スピリチュアルケアワーカー協会 会長 山添正
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1:日本スピリチュアルケアワーカー協会の設立理念
日本スピリチュアルケアワーカー協会の設立理念は、「即身成仏」(スピリチュアルな個の自覚)と「調和社会」(仏国土・蜜厳国土)を「自利利他」「群利共生」という仏教福祉・社会福祉思想の実践(スピリチュアルケアワーカーの活動)を通して実現することです。また具体的には、20世紀末の阪神淡路大震災以前より高野山教学部中心に活動されていた「密教福祉研究会」の活動にその起源があります。
私はそのころに、高野山の布教研究所の青少年問題の任務を授かり、そのことで、先ほど述べました「密教福祉研究会」へのかかわりが生まれました。この活動を通して、現在の協会の講師・会員のメンバーが出合い、2001年に高野山主催のスピリチュアルケアワーカー協会の前身である、「心の相談員」の養成活動が始まりました。
また、協会の副会長でもある、大下大圓先生が高野山大学でのスピリチュアルケア学科創設に尽力し、後に京都大学でスピリチュアルケアや臨床瞑想法の研究をされていた関係で、スピリチュアルケア関係のアカデミックな研究者に出会う縁ができました。その先生方も協会の講師陣を務めていただくことになり、2006年に現在の「NPO法人日本スピリチュアルケアワーカー協会」を、先述した「心の相談員」養成プログラムから独立させる形で、設立しました。日本の土壌でのスピリチュアルケアの実践を目指すならば、まず、「スピリチュアルケア」という用語を日本語でどう表記すべきかと言う議論を、設立当初からかかわっていただいている先生方と議論を繰り返しましたが、たとえば「霊」と言う用語は、日本人の歴史のなかで大変重要な概念ですが、「死」にかかわる文脈の中であまりにも様々な意味で使用されているので、連想・混同を避けると言う意味でも使いにくいと言うことになり、結果として「スピリチュアルケア」の横文字表記で行くことに決めました。
またスピリチュアルケアの問題を抽象的な議論に費やすのではなく、「密教福祉研究会」のメンバーも、「心の相談員」のメンバーも、また「スピリチュアルケアワーカー」のひとたちも、雲仙普賢岳の支援にはじまり、阪神淡路大震災、能登地震、広島の土砂流、東日本大災害等の災害支援のために、足湯隊を中心に積極的にボランティア活動を展開しました。
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2:日本スピリチュアルケア学会の設立準備と協会とのやりとり
2007年に、いよいよ日野原先生を会長にした「日本スピリチュアルケア学会」が設立されました。当時、日野原先生より、協会にたいして、2つの問い合わせがありました。ひとつには、学会の資格の名称として「スピリチュアルケアワーカー」を譲ってもらえないかと言うことです。この資格の名称の問題は、私たちの協会の会員のアイデンティティにかかわることなので、「学会のためなら譲ってもいいのでは」「協会独自の認定制度であるから譲れない」というような意見もあって、議論を重ねた末に、やはりお譲りするのは無理だと言うことになりました。さらに、当時日野原会長は、「スピリチュアルケア師」を国家資格にするという高い目標をお持ちで、「心の相談員をスピリチュアルケア師にして、協会修了者を専門スピリチュアルケア師にできないか」という案が提示されました。当時、心の相談員の修了者は400人近くいましたので、日野原会長は「国家資格として、厚生労働省に認可を求める交渉をするためには人数がいる」とおっしゃっておられました。しかし、この件も教育内容の違いから会員の同意を得ることが困難でした。そのため、異なる形での協会としての学会に対する貢献をさせていただくことでご了解をいただきました。
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3:社会的認知の努力
協会設立当初の頃は、ある人がテレビでスピリチュアルなケアを売り物にしていました。そのため、協会の授業を取材に来たマスコミの人も、「占い」の一種のようなものと考えている人も多く、私たちの「スピリチュアルケア」との違いをどのように説明すればいいか困りました。そのため、一般の人に説明するには、誤解を避けるために、手っ取り早い方法として、協会の行っている教育内容の「シラバス」をマスコミの広報ツールとして、また受講生募集用の説明ツールとして、また・就職先や所属先の知人や上司への説明手段として使用するように指導していました。
スピリチュアリティをどうとらえたらいいのか、高野山大学主催の「医療フォーラム」の連続講座で、日野原先生等著名人を講師に招いて、スピリチュアルケアの催しを繰り返すなかで、看護師さんたち医療関係者がたくさん集まることが分かってきまして、私たちの活動に対する認知も広がったように思います。その結果として、日本で初めて、2006年に高野山大学にスピリチュアルケア学科が設置されました。
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4:仏教と「スピリチュアルケア」
最初の設立の理念で述べましたように、協会はスピリチュアルケアのベースを仏教に依拠しています。ホスピス運動と連動するとか、緩和ケア病棟での実習やボランティアを増やすとか、医療の世界との結びつきを深めることで、「日本的スピリチュアルケア」の内容を深めることが、私たちの協会の社会的認知につながると考えて、活動を進めてきました。これは、学会の方針とも一致します。しかし、日本の宗教家が努力しても、ケアを受ける医療サイドの関係者はまだしも、患者さんなど一般の人たちが、「スピリチュアルケア」を理解されているわけでは有りません。たとえば、僧侶が、作務衣を着て病棟に入ろうとすると、守衛さんより「もしもし、霊安室はそちらじゃないですよ」といわれ、相変わらずの「葬式仏教」の認識の広がりの中で、僧侶会員の方の「スピリチュアルケア」活動は苦労を重ねておりました。
日本の仏教が死者の弔いにしかかかわらない「葬式仏教」と言われていた時期ですが、「葬式」は、コロナ禍の中で遺族のグリーフにとって、大切な儀式であることが再認識されましたが、私たちは、日本の宗教家に「人が死んでからだけでなく、生きているうちからかかわってほしい」と言う、宗教家が「生きている人間によばれる存在」になってほしいという希望をもって協会の活動を展開しています。
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5:教育方法の理念―「熟成」という考え
また、私たちの養成講座の中心概念である「スピリチュアルペイン」の議論について、抽象的な議論を避けるために、対象をがん患者さんのスピリチュアルペインのケアに焦点化し、看護師さんの現場でのスピリチュアルケアの教育を重視し、医療の世界に入っていきました。私たちの協会には看護師さんが多いのは、こうした教育方針の結果でもあります。
「スピリチュアルケアワーカー」養成という教育方法の議論に関しては、当初講師陣の中に、精神科医や臨床心理士がおられたと言う経緯もあって、教育方法の根幹として、人間の心理とくにカウンセリングの技法の学びが基礎教養として必須であると考えてきました。医療関係者は、カウンセリングの学びを受け入れることにはそれほど困難はありませんでしたが、当時会員の半分以上を占める宗教家(僧侶)がカウンセリングを学ぶ意味がどこにあるか、宗教家には必要ないと言う人もおられたのも事実です。
この議論の中で、宗教家の人たちもスピリチュアルケアは人の心と心のコミュニケーションにかかわると言う認識が徐々に共有されました。「スピリチュアルケアワーカー」になるためには、自身の心の成長が重要であり、そのための学習時間が必要で、養成コース修了だけでは十分でなく「熟成期間」ともいうべき時間を設定しました。つまり、スピリチュアルケアワーカーになるためには、カウンセリングの基礎を学ぶ「心の相談員養成カリキュラム2年」、スピリチュアルケアの理論と実践を学ぶ「スピリチュアルケアワーカー養成カリキュラム2年」そして、自ら「ケースを持ちスーパービジョンを受ける時間1年」と実に5年と言う長時間をかけての養成を行ってきました。
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6:「心の成長」と「瞑想」体験の重視
ここまでは「スピリチュアルケアワーカー」養成の理想を模索する過程であったと思います。この時期に卒業したシニアメンバーの人たちは、私がジュニアメンバーと呼んでいる、その後の卒業生とは協会教育理念について微妙な世代差が出ています。
学会ができ、東日本大災害後には、不十分とはいえ「スピリチュアルケア」が社会的に認知されるようになってきますと、新しい受講生から「なぜ5年なのか?」、特に「心の成長」に必要とされた「熟成期間1年」と言うことに対して不満を持つ受講生が増えてきました。さらに、他の認定組織では2年以内で資格が取れるのに、こちらの協会ではなぜ、4年も5年もかかるのかという意見が大きくなってきました。つまり、2年間のスピリチュアルケアワーカー養成を終えれば、資格をいただきたい、資格がないと就職に影響する等の切実な意見が強くなり、ここでもシニアメンバーたちと新メンバーとの意見が対立して、数年議論を重ねたのち、理想はともかく現実に組織を運営するにあたっては、新しい会員の意見を無視することは難しく、2年で終了する条件として、対人関係の訓練を行うカリキュラムの質を上げると言う条件で、受講2年で資格授与と言う方向に組織決定しました。
こうした、受講生の意識の変化に対応するために、「心の相談員」の理念であった「心の成長」に関係する科目は、ひとつはセルフケアのそして自己理解・他者理解の根本的方法ともいえる「瞑想」経験を重視することにしました。さいわい、大下先生の「国際平和瞑想センター」開設と時を同じくして、協会の教育施設として使用させていただくことにしました。
もう一つには「瞑想」重視に加え、「心の成長」のためのカリキュラムとして「カウンセラー養成コース」を独立させ、特に自他の理解を深める「熟成期間」を必要とする受講生には資格と関係なく生涯学習の機会として「教育分析」という特別な個別ケアを行う新しい教養科目として増設しました。
コロナ禍の中で明らかになった、スピリチュアルペインの多様性に、また激増すると予想される認知症に対応するため、今後もカリキュラムを更新し、そのことによって、スピリチュアルケアワーカーの養成を時代に合わせてアップデイトしていくつもりです。