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第7回 高木 慶子(上智大学グリーフケア研究所名誉所長、日本スピリチュアルケア学会前理事長)

監事と代議員を辞任するに当たり

1 日本スピリチュアルケア学会の創設

2003年のはじめに、日野原重明先生にスピリチュアルケア学会の創設につきご相談をさせていただきましたが、その後、詳しい理念を知りたいとの問い合わせがありました。その時に考えておりました学会の理念について書き添えましたものが残っておりますので、機会がありましたら開示いたします。その理念に日野原先生から賛同をいただきましたので、学会創設のために協力者を募ったのですが、その時は賛同者に出会うことがなく、3年が過ぎた、2006年の末から協力者の方々に出会い、2007年3月に発起人会を開催することが出来ました。  その時より14年が経ち、14歳の子どもに成長いたしました。その子どもの後ろ姿を、不安と希望を祈りに乗せて見送る母親の心情が改めて実感されています。しかし、子どもに託する希望と信頼は紛れもない親心でもあります。子離れする親の心情がこれ程までに複雑であり、また、親離れして行く子どもの後ろ姿が何と立派で、すがすがしいものかと、親としての誇りを感じながら、これからはこの学会を素晴らしく育てていただける学会員の皆様方にお委ねいたしております。今は14歳で若い旅立ちでもありますが、これからは多くの方々の愛情と寛大なご高配を賜り、見事に育てていただき社会に貢献出来る大人となれると信じております。手放す我が子に誇りを持ち、希望と夢を託して神様の豊かな祝福を祈らずにはおられません。

2 本学会創設から14年、一般社団法人になり1年が過ぎたこの年

 創設者として14年間を学会とともに過ごして参りましたが、私も85歳の誕生日を前にして、監事と代議員も辞任することにいたしました。考えてみますとこの間、いろいろの出来事もあり、苦労も数々ありましたが、お陰様で会員の皆様方と協力していただいております支援者の方々により、学会としては順調に発展を遂げていると感謝いたしております。  また、昨年には一般社団法人の登記も出来ました。法人格を受けますことにより、社会的にも責任ある学会として自らを律して行く姿が求められます。  これまでに成長した学会を支援し、協力いただきました方々に深く感謝申し上げておりますが、まず、第一に感謝申し上げなければならないお方は日野原重明先生でございます。創設当時より惜しみないおこころでご指導と支援をいただきました。また、亡くなられます直前にも、「スピリチュアルケア学会は、これからの時代にとりもっとも大事で必要とされる学会であると思うから、大切に発展するように忍耐を持って努力を惜しまないでください・・・」との、遺言としてのお言葉を頂戴しております。日野原先生にとりましても大事な学会であったこの本会を、これからも創設理念を尊びながら、その時代その時代に適した方針の基に発展させていただきますことを強く希望しております。これが日野原先生のご希望でもあり、創立者としての望みでもあります。

3 今後への希望

 時代は移り変わります。そして物事は時代とともに変化しなければならない点と、変えてはならない大事な点があると考えております。この学会でもその点を誤ることなく識別しながら邁進されますことを懇願しております。特に「スピリチュアルケア学会」と言う、目には見えない事柄を対象とする学会でもあり、また、「スピリチュアル学会」ではなく「スピリチュアルケア学会」であり、「ケア」を扱う学会であることを大事にしながらも、また一方、学会でもあるが故に学問としての研究と学際的な研鑽の重要性を尊ぶ学会であってほしいと願っております。  特にスピリチュアルケアに携わるものとしての心得は、ソクラテスの唱える「魂の世話」が、現代で言う所の「スピリチュアルケア」であろうと考えております。それを考えますとき「スピリチュアルケア」に携わるものは、まず、各自の魂の世話から始めたいと願っています。つまり、自分自身の魂が痛み乱れていれば、ケア対象者には直感力で相手を見抜かれます。私自身は36年間の長きにわたり「スピリチュアルケア=ターミナルケアとグリーフケア」に携わって参りましたが、ケアを受けていただく方の感性は鋭く、ケアに当たるもののこころの状態を素早く感知されます。それに対してのケア者は、「おおいなるもの=サムシンググレイト」とすべての人々の前に頭を垂れるこころの謙虚さと魂の清さが求められると実感しております。 スピリチュアリティ=魂の有り様は嘘をつきません。各自が自身の魂に問いかけ、その魂が清く澄み切っているか否かを常に問いかける必要があると体験から考えております。

4 「スピリチュアルペイン」は幼い時より感知している

「スピリチュアルペイン」は、決して終末期や重大な出来事の後に感じる痛みだけではなく、幼いときより感知する「良心の痛み」であることを、理解しておきたいと願っております。すなわち、「良心の痛み、呵責、罪悪感」など。具体例を挙げておきますと、ある幼稚園でのことですが、4歳の男子が、私に「お兄ちゃんのおやつ食べちゃった・・」と、突然に話しかけてくれました。が、その表情が緊張していましたので、「美味しかった?」と尋ねますと、「ウン、美味しかった・・」と答えました。また、「おやつは何だったのかな・・」と尋ねますと、「イチゴ」と答え、さらに、「お兄ちゃんのおやつを幾つ食べたのかな・・」と尋ねると「一つ・・」、「ぼくのおやつは?」「イチゴ・・」、「なん個食べたのかな・・」「5つ・・」と次々と答えてくれました。そして、「みんなでなん個食べたのかな・・」と尋ね、私の指を見せながら数えてもらいました。1,2,3,と6まで数えた後に、「なん個食べたのかな・・」と聞いても分からない。「これからはお兄ちゃんのおやつを食べないよね・・」と聞きますと、「ウン・・」と言って、安心した様子で駆けて行きました。まだ5+1=6であることも分からないこの子どもが、誰も見ていない所でお兄ちゃんのおやつを食べたことに、罪悪感とも言える魂の痛みを感じていたのでしょう。これが人間が普遍的に有する「スピリチュアリティ」の痛みではないかと考えております。

5 本学会の特徴と祈りの約束

 個人、集団、国、などなどにはそれぞれに特徴とユニークさがあり、それがその集団の個性でもあると考えます。本会でもその特徴とユニークさがあってよいのではないかと考えます。他の会との違いがあってこそ、本会の存在の重要性があるのであり、他の会と同じでは存在する意義がありません。  これからも本会ならではの特徴を生かし、時代が要請するものに的確に応えられる学会として存続が出来ますようにと、私自身は本会のために祈る使命を持つ者として協力したいと願っております。 これまでの私自身の生涯を振り返りましたとき、昔は背の高いロウソクであったように思われます。しかし、今の私のロウソクはどんどんと短くなり、2~3センチ程になっているように思います。このロウソクの灯火が私のいのちと考えておりますが、その灯火が消えるときまで、学会員の皆様と学会に関係しておられますお一人おひとりの方々のために、毎日こころから神様の祝福をお祈り続けておりますことをお伝えし、また在任中に皆様方にお掛けいたしました数々のご迷惑や失礼をお赦しいただきますようにとこころよりお詫びしお許しをお願いしつつ、私の辞任のことばといたします