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第23回 今井 泉(本学会会員・泉南動物病院獣医師)

人とペットの現状、そこにあるグリーフそしてペイン

 今日、ペットは「飼育している動物」というよりも「家族の一員」といった意識が定着しつつあります。私は獣医であり、動物病院において、ひとり暮らしの飼い主さんやお子さんが独立されお子さんが飼い始めたペットのお世話を任された飼い主さん、ペットを飼い孫よりもかわいい存在になっていると話される飼い主さんといった様々な方とお話をしています。その経験から飼い主さんにとってペットはかけがえのない存在であることを強く感じています。2019年以降犬猫の飼育頭数は、15歳未満の人口を上回り、ペットは飼い主にとって家族かそれ以上の関係性を持つ存在となっています。私の勤めている病院では「飼い主さん」といった表現をせず「ご家族」と表現します。また、女性の飼い主さんであれば相手の事を「お母さん」、男性の飼い主さんでもある程度の年齢の方には「お父さん」といった声掛けをしています。このように、ペットを飼い主も診療に当たる動物医療者も擬人化している傾向があります。

 私が子供の頃は、わが家の犬や猫を動物病院で診てもらうということは、このまま様子を見ていると死んでしまうかもしれないような状態のときでした。いま、病院を受診される理由はワクチン接種など予防目的や爪切りなどの日々のケア目的での通院も当たり前となっています。さらに、都市部では眼科や皮膚科など専門的に診療する動物病院や二次診療施設や夜間診療(早朝まで開院)施設と様々なニーズに対応する施設が存在します。

 私は夜間診療の現場で10数年仕事していました。今ほどペットは家族といった認識がない頃でしたが、当時夜間診療施設は都市部でも数件しかない状況でした。そのため、ペットをタクシーや自家用車に乗せて数10km離れた場所から連れてこられる飼い主さんのお気持ちを担当する夜間スタッフとして真摯に受け止め、できる限りの処置を日々行っていました。中には心肺停止状態で病院に到着するケースや、治療に反応が乏しく在院中に亡くなることもあり、飼い主さんだけでなくその症例に担当したスタッフにとってもグリーフが生まれる場所でもありました。こういった経験がグリーフケア研究所で学びを始めるきっかけとなっています。

 3年間の研究所での学びを終える年の2月に仲間とNPO法人いのちケアネットワークがスタートしました。「だれもひとりにしない」、それが発足当時からのおもいであり、ひとり動物医療現場に戻る私にとってかけがえのない大切な言葉でした。「動物を飼う」ではなく「一緒に暮らす家族」という思いを強く持たれている人が抱える、死別や離別(迷子や逃走し戻って来ない、世話をする事ができなくなって手放す等)に伴うグリーフの存在を常に意識していました。ペットを亡くした方の語りの場「くぅくぅの会」を、いのちケアネットワークというNPO活動として、メンバーの助けを借りて始めることができたことは私にとって重要なことでした。コロナ禍で開催を中止することもありましたが、202210月には20回目を開催、継続した活動を続けています。さらに飼い主さんに対するケアの場として、大阪公立大学では「あんしん獣医療相談室」という形で、実務として始めることもできました。

 ペットの喪失体験は「公認されない悲嘆」「あいまいな悲嘆」となることも多くあります。高度獣医療の選択、飼育環境の充実に伴いペットの高齢化もすすみ、動物介護といった選択、その一方動物医療現場には安楽死という選択肢があり、ペットの死生に対する飼い主さんの選択は多岐にわたります。世論調査ではペットを飼っていると答えた人の割合は36.7%、「飼っていない」と答えた人の割合は63.3%、10人いれば3人の方が飼い主さんなのです。そのため高齢の飼い主さんが入院や施設への入所に伴いペットと暮らせなくなる離別は今後さらに増えると予想できます。私と同じ獣医師といった動物医療や動物業界でお仕事をされている方が研究所で学んでおられていると伺い、とても心強く思っています。

 家族であるペットの気持ちを分かり合えること、飼い主さんは常にそれを意識して共にペットと暮らしています。ペットがご飯を食べなくなったといった不調から、診断が付いた病気に対する選択、そしてペットとの別れ、日常的にペットが感じている全てのペインを察して共に暮らしている飼い主さんに、私は関わっています。今後はくぅくぅの会といった場を設けるだけでなく、時間の許す限り診療の場でもグリーフケア、スピリチュアルケアを実践し続けます。また共に働く仲間のグリーフケア、スピリチュアルケアも意識していきます。今回このコラムを書くことで、いのちケアネットワーク発足時の「だれもひとりにしない」を心に持ち続けることを再確認させていただきました。多少なりとも、人とペットの現状とそこに存在するペインを伝えることができていれば幸いです。最後まで読んでくださりありがとうございました。