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第19回 森川 和珠(本学会会員・NPO法人いのちのケアネットワーク代表理事)

ケアする人のケア ~小さな学び場より

 上智大学グリーフケア研究所でともに学んだ仲間たちと「NPO法人いのちのケアネットワーク」を設立して7年目になりました。小さなNPOなりにグリーフケアやスピリチュアルケアを普及したいと思い、小さな一歩を小さく重ねての日々ですが、さまざまな活動のなかでときどき聞かれます。
「どうしてそんな大変なことをわざわざしようと思ったの?」
「悲しい思いやつらい思いをしている人の話を聴くのってしんどくない?」

 生きることも死ぬこともつらい。それでも生きてゆかなければならないし、いつかは死ななくてはならない。生きることの本質と向きあう苦しみであるスピリチュアルペインを抱えた方とともにあって、その痛みに耳を、心を、私自身を傾ける。それはたしかに大変なことであり、しんどいことです。スピリチュアルケア師の資格をいただいたからといって、生きる痛みに触れながらその重みに倒れることなくいられるかといえば、そんなことはありません。研究所を修了し、それぞれの現場に帰れば、スピリチュアルケアの普及には程遠いような現実と毎日が待っており、私たちは孤独です。「支援者支援」とはよく言われるものの、いわゆるストレスコーピングだけではどうにもならない、ケアする人の実存的な揺らぎを支えていくもの、私たち自身のあり方を育むものが必要です。

 ケアする人のケアといってもスピリチュアルケアは「する、される」というものでもなく。分かりやすい何かを「する」わけではないけれど、痛みを抱えた方のその苦しみとともに「いる」ことでうまれるケアなのだろうと思います。何もできないことを重々承知したうえで、ケア者自身が場となりつながりとなってケアを紡いでいく。そこでは私自身のあり方や生き方が問われます。したがって、そんな「ケアする人」のケアには、疲労や消耗を癒やしてくれるものだけでなく、ケア者が自他との対話をとおして自己理解を深めていけるような学びの場が必要なのではないかと考えました。

 そうした思いからうまれたのが「小さな学び場」というオンライン企画です。毎回、いのちやケアに関するテーマで講師の方々をお招きし、少人数の参加者とともに学びあい、聴きあい、語りあいます。講師の先生方のお話をただ聴いて学ぶだけでなく、ひとりひとりが日々のケア実践や自身のあり方を振り返りながら感じ考えて対話する時間です。初回の2020年10月は安藤泰至先生をお招きして「コロナ禍のなかで『いのち』を考える」というテーマで実施しました。以来、2021年度までに10名の先生方と計17回の学び場が実施され、2022年度も5月から島薗進先生の「新たなケアの文化とスピリチュアリティ」を皮切りに始まっています。

 「小さな学び場」の参加者は「ケアする人」ですが、そのケアは多岐に渡ります。医療者や宗教者、遺族会に携わる人や家族の介護・看護をしている人もいます。今は具体的な活動はしていない・・・という人もいます。活動や肩書の有無に関係なく、ケアやいのちを考えながら暮らしている人は、その暮らしのなかで誰かの痛みに寄り添い、誰かの苦しみに思いを馳せているのだと思います。そのようにして、思いやりをもって誰かとかかわろうとしている人は、すべての人がケアする人なのではないかと私は思っています。

 と、すてきな感じで書いてまいりましたが、実は「小さな学び場」は苦肉の策としてうまれました。「ケアする人のケア」事業を展開するための助成金がいただけることになり、さまざまな企画を立てて意気込んでいた2020年の春。新型コロナウイルスの感染拡大によりNPOの事業は軒並み中止にせざるをえなくなりました。企画しては中止になる。期待しては裏切られる。文字どおり苦渋の決断が続き「ケアは不要不急なのか」という問いの前で立ち尽くしました。その状況下で新たに得たオンラインという方法で何がどこまでできるのか、を考えた末にたどり着いたのが「小さな学び場」でした。

 刻々と変化していく未知の時世下での実験的な試みでもあった「小さな学び場」でしたが、実際にはじまってみれば、参加者が所属も地域も関係なくひとつのテーマのもとに集まり、講師の先生方とともに対話を重ねていく場となりました。さまざまな背景をもったひとりひとりの参加者が、ケアやいのちについて感じ考え語りながら、おもいおもいに過ごしていく。ぬくもりのある交差点のような場だと感じています。もしかしたら「小さな学び場」に助けられているのは私自身なのかもしれません。不安の続く誰にとっても厳しいこの時において、真摯な「ケアする人」たちの一助となれたらと願いながら。ひきつづき小さな一歩を踏みしめていきたいと思います。