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第11回 柏木 哲夫(本学会理事長)

 何気なく書店に寄った時、新刊のコーナーに行きます。表紙の次に見るのは「まえがき」とか「はじめに」ではないでしょうか。どんな内容の書物なのかをまず知りたいと思う人は多いと思います。

 瀧口俊子・大村哲夫・和田信編著『共に生きるスピリチュアルケアー医療・看護から宗教まで』(創元社、2021年11月20日刊)の「はじめに」を書かせていただきました。スピリチュアルケア学会の会員の執筆が多く、私が学会の理事長を仰せつかっている関係で依頼を受けたものと理解いたしました。書名に医療・看護、宗教という言葉が入っています。この三つの領域だけがスピリチュアルケアが重要視されるというわけではありません。教育や企業の現場でもスピリチュアルケアが必要になる場合があります。しかし、この三つの分野は特にスピリチュアルケアに親和性が濃いのではないでしょうか。私はホスピスという場で約2500名の患者さんの看取りを経験いたしました。ほとんど全員がスピリチュアルペインを持っておられました。

 上記書の「はじめに」をご紹介して、私の任の遂行とさせて頂きます。

 「共に生きるためのスピリチュアルケアー医療・看護から宗教までー」

 はじめに

 柏木哲夫(医師)日本スピリチュアルケア学会理事長

 私が3歳の時に父が結核で亡くなり、母は私を育てるために看護師になりました。その影響もあって、ごく自然に医学部に行くようになりました。授業の中では、精神科が一番面白く、あまり迷わず、精神科医になりました。7年目に機会が与えられて、3年間、アメリカ(ワシントン大学の精神科)へ留学する機会が与えられ、そこで経験した末期患者へのチームアプローチが、私のライフワークとなったホスピスケアへの第一歩と、なリました。ホスピスでは約2500名の看取りを経験しました。

 私が初めてスピリチュアルケアという言葉を耳にしたのは、今から42年前、1979年、ロンドン郊外にあるセント・クリストファ ホスピスを訪れた時でした。そこでは5人のチャプレンが働いており、患者のスピリチュアルペインに対してスピリチュアルケアを提供していました。5人のチャプレンは患者のスピリチュアルペインにどの様に対応するのがいいのかを7項目にまとめていました。Responding to Spiritual Pain(スピリチュアルペインへの対応)です。それは1.Listening(傾 聴)2.Staying(存 在)3.Honesty(正 直)4.Openness(率 直)5.Flexibility(融 通) 6.Acceptance( 受 容) 7.Witnessing(立 証)というものでした。Listening(傾 聴)がトップに来ている事が印象的でした。

 帰国後、北米看護診断協会が出した「Spiritual Careのポイント」という記事が目に止まりました。それは1.積極的傾聴,共感,支持 2.批判的でない患者理解 3.価値観の明確化 4.祈りや瞑想 5.聖職者の紹介 6.宗教的行為や儀式への参加を促す 7.自然とのふれあい 8.芸術に触れるというものでした。これも傾聴がトップに来ています。

 私はホスピスという場で、約2500名の患者さんを看取りましたが、その経験から全人的痛み(Total Pain)という概念を学びました。人は体の痛み、心の痛み、社会的な痛み、魂の痛みを持ちながら、死を迎えるということです。この中で最も複雑でわかりにくく、対処が難しいのが魂の痛み(スピリチュアルペイン)です。

 私が実際に聞いた患者の言葉を挙げてみます。「私の人生は何だったのでしょうか」、「なぜこんなに苦しまなければならないのでしょう」、「死んだら私はどうなるのでしょう。無になるのでしょうか」。この様な言葉に対して私はそばにいて傾聴する以外に何も出來ませんでした。乳癌が骨に転移して痛みが強い患者が「こんなにつらいのはバチが当たったのでしょうか?」と言ったことがあります。私はこの言葉を聴いて、「バチは魂にあたるのだ」と思いました。彼女はチャプレンの働きで魂の平安を得ました。

 日本スピリチュアルケア学会は2007年に高木慶子先生を創立者としてスタートし、2020年、一般社団法人日本スピリチュアルケア学会となり、新しい歩みを始めました。本書はこの新しい歩みのスタートを記念して出版されたとも言えると思います。詳しい内容については、大村哲夫先生の「本書について」に譲りますが、本書は、スピリチュアルケアの第一線で活躍しているスピリチュアルケア学会の会員を中心にしたスピリチュアルケアの研究者・実践者が各領域から執筆し、その実像に迫る画期的な書物と言えます。

 スピリチュアルケアを学んでいる学生、スピリチュアルケア師養成の認定教育プログラムの受講生、スピリチュアルケア師、臨床宗教師の有資格者、スピリチュアルケアに関心がある医師、看護師、臨床心理士などの専門家、さらにスピリチュアルケアに関心のある一般の方々にも是非一読をお勧めしたいと思います。

瀧口俊子・大村哲夫・和田信編著『共に生きるスピリチュアルケア』

創元社:https://www.sogensha.co.jp/index.php/productlist?author_id=7998