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第3回 カール・ベッカー(本学会代議員・広報委員会委員)

国際スピリチュアリティ研究ネットワークINSS大会 (6月7日-9日、英国ヨーク大学+Zoom発信)報告

 2000年頃から、豪州の「健康管理(医療・看護)に於けるスピリチュアリティ会(SHA = Spiritual Health Association)」、カナダの「健康管理(医療・看護)に於けるスピリチュアリティ・ネットワーク(SHCN = Spirituality in Health-Care Network)」、ワシントンの「スピリチュアリティと健康の世界ネットワーク(GNSAH = Global Network for Spirituality and Health)」などが、健康に対する精神的・宗教的・雰囲気的な要因の影響を研究し、地域活動と年次大会で発表し合ってきた。それは医療の機械化、非人間化、ルーチン化に対して、「患者の心を尊重して、医療と看護に心を戻す運動」と言えよう。教育界でも、都市化による大量生産的な教育の暗記重視、非人間化、ルーチン化に対して、「子供・学生の人間性を尊重して、教育に倫理や精神面を戻す」ホリスティック・スピリチュアル教育運動が強まった。医学・看護学や教育学と同様、多くの英国の大学院が「ビジネスとスピリチュアリティ」「ソーシャルワークとスピリチュアリティ」「芸術とスピリチュアリティ」など、スピリチュアリティを中心とした学位プログラムを設立した。

その流れを受けて、2007-8年から「スピリチュアリティ研究のための英国協会(BASS = British Association for the Study of Spirituality)」が設立された。そのメンバーの半数近くは英国以外の国々から集まるようになるにつれて、「スピリチュアリティ研究のための国際協会(INSS = International Network for the Study of Spirituality)」と名を改められた。2010年以降、「Journal for the Study of Spirituality」が発行され、昨年6月にヨーク大学で10周年国際大会を開く予定だったが、コロナによって本年6月に延期・オンライン化された。参加した百数十人の内、欧米のみならず、豪州やアフリカなど、いつもは離れていて集まれないメンバーが集まり、これまで以上に世界的な大会となった。その大会の内容を以下に紹介したい。

4つの基調講演が行なわれた。宗教教育と価値観国際学会(ISREV = International Seminar on Religious Education and Values)会長のJulian Stern 教授は、スピリチュアリティを「学校のスピリット」「チームスピリット」「やる気や雰囲気」として定義して、学校におけるネル・ノッディングスの教育論を基に、マルティン・ブーバーの「我と汝」的な深い関係性と他者理解を勧めた。

「脳を超える」(Beyond the Brain)会議副会長のOliver Robinson 教授はケン・ウィルバーから出発して、超常的体験を唯物論に還元するためではなく、理解するために、科学的な研究の必要性を強調した。個人や利己主義、経済や拡大主義だけでは、人類が地球を滅ぼすので、環境科学的な根拠に基づき、よりホリスティックでスピリチュアルな価値観の定着が急務であると論じた。

 クリスチャン・ナース・フェローシップ(NCFI = Nurses Christian Fellowship International)会長、ノルウェーの Tove Giske 教授は、患者の反応を鋭敏に・巧みに読み解く能力を育み、患者の精神的なニーズを把握し、支援できるようになる看護教育を説明した。謙虚な「スピリチュアルな自己反省」によって、看護師自身の成長を促し、患者のより良きケアに繋がると提案した。

 スピリチュアリティ研究・教育機構(SpiRE =   Spirituality Institute for Research and Education)会長のBernadette Flanagan 教授はユング心理学のRomanyshyn氏の思想に基づき、不可視な現象や深層心理を学問的に研究する重要性と方法論について言及した。研究者の主観性を無視する科学とは違い、その主観性を正しく理解・発展させる学問はスピリチュアリティ研究の貢献であると論じた。

 分科会では、10カ国から60もの多岐に亘る演題が発表された。英国とアイルランドの36発表の他、イスラムなど他宗教や外国に関するものも多く、さらにオーストラリア・ニュージーランドは9件、米国は7件、中国は4件、さらにカナダ、ドイツ、スペイン、スーダン、インド、イタリア、ナミビア、ナイジェリア、南アフリカ共和国など、国際的に知られている顔ぶれが発表した。テーマとして、医療や看護を含む健康管理は17件、教育は17件、スピリチュアル・プラクティス9件、宗教は6件、認知症・障害者・患者は6件など、医療・健康系や教育系と比べると、宗教系は少数派であった。

 看護の分野では、患者の信仰や信条を理解することが、既に国際看護師協会(ICN = International Council of Nurses)の倫理規定に記されている。英国では、看護師・助産師のスピリチュアルケアネットワー(EPICC=Enhancing Nurses’ and Midwives’ Competence in Spiritual Care through Innovative Education and Compassionate Care)が全看護師に「コア・スピリチュアル・コンピテンシー(基礎となるスピリチュアルな能力)」を必須科目と定め、スピリチュアルケアや「慈悲」をエラスムス教育に取り込んでいる。同様に去年、ウエールズ州がスピリチュアルな教育を看護・助産教育の必須科目として認定し、全英に波及することは時間の問題とみられる。患者のスピリチュアル・ニーズ・アセスメントを、機会的なチェックボックスではなく、時間と心を込めて、例えば「困り果てた時に、何を頼りにする? どのように考えて立ち直れる? 実現したい生き方には、どのような思いや希望が必要? 心に力や希望、夢を与える何かがある?」などと問うことから、患者のスピリチュアリティに少しずつ触れることが、看護の一部と認められている。患者がチャプレンやカウンセラーを頼りたい、と答えられたら、その専門家を呼び出すこともあるが、増える無神論者の方からでも、音楽や美術、大自然、想い出、清潔さ等と答えがあったら、そのテーマに沿って優しく話し合い、患者の本心・本性をより深く・親しく知り合い初めて、より適切なケアが実現可能になる。

 教育分野では、「違和感をきっかけに」を推奨する試みを紹介したい。つまり学生や患者などに言われたことに対して「違うだろう、そんなはずがない」「受け入れられない」などという気持ちが聞き手に生じたら、その時こそが、聞き手はより謙虚に教えてもらうチャンスと考えるべきである。第一印象では「有り得ない」と思うような発言の裏付けや意味合いを聴いている内に、聞き手自身が初めてスピリチュアルな「防壁」を超え、成長する。「違和感」をきっかけにする発想が、教育においても、医療・看護においても、他者理解と自己成就のために必要なのであろう。

 宗教系の議論で、一神教を離脱しても超越的な領域を中心に考える欧英に対して、香港や東南アジアの発表は「アートの精神」としてのスピリチュアリティを提唱した。だが、アートを創造するには経済力と時間の余裕、理解するには高度な教育が前提となることから、中国の参加者は「エリートの美学や外来の超越思想ではなく、一般農民でも経験できる大自然との一体感」をスピリチュアリティの根源に置くことを提唱した。それに対して、インドの発表者は、インドは世界中のスピリチュアリティの源であり、インドの服装や食事も音楽も教義もどこの国のものよりもスピリチュアリティに優れているということを波動測定で科学的に証明できたと報告した。そのような差違や反論を超えて、大会全体を通して、経済的成長を目指す教育や生き方だけでは、地球環境も医療も崩壊されるという共通意識が目立った。スピリチュアリティの研究はそれぞれの分野に「心」を取り戻すだけでなく、消費主義に対して人類の生き方を是正する役割も強調された。