第1回 澤井 美咲子(指導スピリチュアルケア師)

スピリチュアルケアに携わる者として

社会医療法人生長会 府中病院
澤井 美咲子
(指導スピリチュアルケア師)

 

 医療現場に身を置いてから17年目になります。「あっという間」という言葉で振り返るには、様々なことがありすぎました。何人もの患者さま、そのご家族、共に時間を過ごした医療スタッフの顔が浮かんできて、当時の熱量のまま感情が揺さぶられる思いです。

 今、私は『臨床スピリチュアルケアカウンセラー』という肩書きで仕事に従事しています。この肩書きが馴染むまでに随分時間がかかったように思います。自分の未熟さを痛感する現場で、スピリチュアルケアとは何なのか、自分がそれを名乗って良いのかと自問自答する日々でした。患者さまやそのご家族へのスピリチュアルケア、それが自分に求められた仕事であると、怒濤の時間を過ごしてきましたが、たった17年、されど17年現場に居座り続けてようやく見えたことがあります。それは、臨床スピリチュアルケアカウンセラーが患者さまやそのご家族だけでなく、医療スタッフにとってどういう存在であり続けられるか。それがとても大切だということです。さらに言うなら、私はそのような皆にとって“どこまでも特異で、どこまでも身近な存在”でありたいと思っています。

 「先生、デスカンファレンスはどのような話をすれば良いですか?」と、つい最近も看護師から質問を投げかけられました。私は一言、「あなたが亡くなった時、みんなにどんな話をしてもらいたい?」と答えました。

 デスカンファレンスはお亡くなりになった患者さまについて共有する時間。その理解はあっても、医療者はどうしても、そこから何かを学び取り次に繋げたいという思いに駆られてしまいます。それは医療者として決して間違いではありません。でも、お亡くなりになった患者さまに“次”はありません。どのような最期であっても、患者さまの人生に不足などありません。デスカンファレンスは、忙しい時間を過ごす医療者が、その患者さまに一緒に触れあえる最期の時間だと思うのです。きっと、我々が患者さまへ送る最期のプレゼントです。そんな素敵な時間なんだと、私は先程の拙い簡単な言葉にのせて伝えました。こういうことの連続が、スピリチュアルケアに携わる我々の大切な仕事だと思うのです。

 スピリチュアルな世界に触れ続ける存在はチーム医療の中では特異です。エビデンスでは到底計りえない世界を発信できる唯一の存在かもしれません。でも我々は決して遠い存在であってはならないと思います。悲哀や疲弊が蔓延する現場で、いつでも“助けて”と手を伸ばされる存在でありたい。そしてその伸ばされた手を優しく包み込める存在であるために、私は今日も現場に立っています。